【前編】適応障害で元不登校。会社は3ヶ月で退社 人気Webライター山口恵理香さん「書くことは生きること」

適応障害、元不登校……生きづらさを抱えながら、Webライターという職業で運命を切り開いた女性がいる。山口恵理香さんだ。全くの未経験からライターデビューし、2年目からは営業せずとも執筆依頼が相次ぐように。

 

多いときには月300本もの原稿を執筆し、20代にして年収700万円を実現。2019年7月には、書籍『不登校だった私が売れっ子Webライターになれた仕事術(自由国民社)』を上梓した。試行錯誤し、もがきながらも歩んできた道のりと、生きるために見つけた方法論、そして見据える未来に迫った。

 

 

自分に負担をかけずに働く方法がWebライターだった

 

 

――山口さんは現在、Webライターとしてどのような活動をされているのですか。

 

主に20~30代の女性向けサイトで、恋愛やライフスタイルについての記事を書かせてもらっています。多いときは月に300本くらい書いていましたが、最近は実績がついたので単価も上がり、執筆本数は月100本いくか、いかないかくらいです。

 

 

――適応障害というご病気を抱え、不登校も経験されたとのことです。診断されたのはいつだったのでしょう。

 

14歳のころ、朝起きられなかったり、気分がふさぎ込んだりして、「投げ出した方が楽なのかな」って思考パターンに陥ることが多くありました。精神状態も悪く、心の疲れと比例して、おなかが痛いとか、身体的にも症状が現れる感じで。症状が改善されず、心療内科にかかったときに診断されたのが、適応障害でした。

 

 

――大学を出られた後、NPOに就職するも、退職されてしまったことをご著書に書かれていました。それもご病気が影響していたのでしょうか。

 

もちろんそれもありますし、会社に入って働くことが向いていないなと思ったんです。人の顔色を伺って、一人で疲れちゃうときが多かった。だったら会社に入らずに、自宅で仕事をした方が、自分に負担をかけずに働けるのかなと。そこからずっとWebライターをしています。

 

 

――多様な働き方が進んではいるものの、新卒1年目で未経験からフリーに転身するのは、きっと大きな決断でしたよね……。

 

家族は基本的に、「自己責任だったら何でもOK」っていう感じでした。ただ友達からは、「何してんの? ニートなの?」って言われることもあって。フリーランスっていう言葉に今ほど馴染みがなかったこともありますが、自分なりに頑張っていても、周囲に伝わらなくて辛いときはありましたね。