【第3回】世界のバックパッカーに聞く!「ねえ、何の本持ってきた?」in タイ/カンボジア/ベトナム

※本企画の取材は、2019年10月1日〜12月1日に行われました

 

★第1回のラオス編はこちら

★第2回のタイ・バンコク編はこちら

 

現代社会における本や文学の価値を見出すため、日本を飛び出して世界のバックパッカーへインタビューを行う当企画。最終回となる今回は、タイ・カンボジア・ベトナムの3ヶ国で出会った、5人のバックパッカーに話を聞いた。

 

タイの首都バンコクから車で約2時間。ここパタヤは「世界一の夜遊び街」として有名だ。海沿いのウォーキング・ストリートは毎夜ギラギラした熱気で溢れるが、午前中のビーチは平和そのもの。

 

 

1人目:ゲオルギー(27歳/ロシア・モスクワ)

夜の街を共に探検したゲオルギー。彼のユニークな物の見方には度々驚かされた

 

「モスクワでは防犯設備の会社で働いていました。今はロシアの郵便会社のマネージャーとして、新支店を開くためにパタヤに滞在しています。タイのビザを取るために、来週には一度ベトナムへ出る予定です」

 

持ってきた本

「Chernyi obelisk」Remarque Erich Maria 著(ロシア語版)

 

日本語版:「黒いオベリスク」エーリッヒ・マリア・レマルク著、山西英一訳

 

「西部戦線異状なし」が大ベストセラーとなったドイツ人作家、レマルクによる自伝的小説。舞台は第一次世界大戦後のドイツの地方都市。葬儀会社で働く主人公は困窮した生活を送っているが、精神病棟で愛に出会う。愛の偉大さと神、宗教、人生の意味、そして差し迫るファシズムを鮮明に描いた作品。

 

「この本は出発前にモスクワで手に入れました。子どもの頃、よくレマルクの作品を読んでいたんです。懐かしくて、でもこの作品は読んだことがなかったので選びました。まだ読み始めたばかりです」

 

日本語版は1958年に翻訳されたきり絶版のようだが、どんな話なのだろうか。

 

「第一次世界大戦後のドイツで生きる庶民の生活が描かれています。当時、ドイツではハイパーインフレが起こっていました。これは例えば、朝に1ドル=1円だとしたら、午後には1ドル10円、夜には1ドル100円になっているような状態です。

 

これではお金に余裕がなくなります。経営者は1日に3度も仕事を頼み直さなければなりません。人々の間で『日曜はいい日だ』というジョークが交わされるほどです。日曜は平日ほど貨幣価値が落ちないから、という皮肉ですね」

 

この時代はどんな雰囲気だったのだろう。

 

「ドイツは伝統ある帝国でしたが、第一次世界大戦で敗戦して経済や生活スタイルが大きく変化しました。日本でも、第二次世界大戦後は全てが変わりましたよね。人々は皮肉的になったり、人の死に動じなくなったりしながら、それでも日々を生き抜きました。生き続けるというよりも、ただ今ここ、この瞬間を生きようとしたんですね。

 

例えば、ある青年が2本の高級タバコを持っていたとします。でも明日は何が起こるかわからない。だから友人に1本あげて、今この瞬間を一緒に楽しもうとする。この作品にはそんな時代の空気があります」

 

時代の波に翻弄される市井の人々への、作家の眼差しを感じる。

 

「レマルクは他に、ナチスドイツから逃亡するドイツ人医師を主人公にした小説も書いています。パリに逃げて闇医者になるんです。社会的な立場のない、今ここを生きる人々の話ですね。彼は人々を好意的に、そしてとても正直に描いています。人物を一面的に捉えるのではなく、多様な角度から表現している作家です」

 

レマルク作品のどんなところに惹かれるのか?

 

「彼の作品は心に感じさせるんです。他の作家の作品を読んでも、もちろん話のポイントは理解できるのですが、レマルクの場合は内面から感じさせるんですね。例えば主人公に悪いことが起これば読み手も悪い気分になりますし、良いことが起これば幸せな気持ちになる。心の奥深くでつながり、物語に入り込むことができる。そこに惹かれます」

 

ロシアには数多くの文豪がいるが、彼にとって一番の本は?

 

「18世紀の作家、ミハイル・レールモントフの『現代の英雄』です。13歳くらいのときに大好きだったんですよ。ティーンエイジャー向けではないですけどね。社会の重圧に怒りを持つ男が主人公です。彼は革命を起こすわけではないのですが、とても攻撃的です。危険な男で、自分の欲望に忠実なんです。日本の漫画でいうと『デスノート』のキラみたいなキャラですね(笑)」

 

そう言われると、少年が憧れるのもわかるような気がする。

ロシアの本を取り巻く環境はどうだろう?

 

「ロシアでも状況は変わってきていて、本を読みたがる人は減ってきているのではないかと思いますね。紙の本を読むのは5%くらいじゃないかな。ロシアにはソビエト連邦の時代からの図書館がたくさんあるんですよ。特にモスクワでは、5分歩くごとに小さな図書館を見つけることができます。仕事終わりなどに無料で借りることができるのですが、今は利用者は多くないと思います」

 

東南アジアで一人の時間を楽しむのには、本が一番だとゲオルギーは語る。

 

「以前ベトナムやカンボジアを旅行した時、スマホで映画を観ようとしても、日射しが強くて画面が反射してしまって、観ることができなかったんです。交通音がうるさいから音も聞こえないですしね。だから今回は本を持ってきました。電子書籍もいいですが、紙の本のほうが『おお、ここまで読んだぞ!』と実感できるのでいいですよね」

 

そんな彼にとって本や文学とは?

 

「『火』ですね。物語の幻の世界に滞在したあとは現実に戻ってこなければいけませんが、ハマりすぎるとそれが難しい。僕は子どもの頃、ドストエフスキーの「罪と罰」を読んだあと、学校を3日休みました。疲れている時に逃避してリラックスするにはいいですが、本や文学には火のように危険な側面もあると思います」

 

なるほど!暮らしの役に立つ一方で、扱い方を誤れば火傷することもあるということか。彼の鋭い指摘に思わず唸った。