【後編】北大路翼×成宮アイコ 自分のルールで生きるのが表現者の矜持

 

表現者としてできる役割

 

――おふたりは表現者として、この状況でできることや、どんな役割があると思いますか?

 

成宮

私は、淡々と続けることしかできないなと思っています。いくらショッキングな出来事があっても、人って忘れてしまうじゃないですか。詩集『伝説にならないで』は、「伝説になりたい」って死を選んでしまった女の子について書いたんです。その子のことをできるだけ忘れたくないけれど人は忘れる生き物だし、私だって伝説になりたい気持ちはゼロではないし。

 

でも、感情を持ちすぎてしまうと、(危うい方に)引っ張られる可能性があるから、自分にも他人にも淡々と言い続けるしかない。私たちにできることって、死んだ人のことだけを一生考え続けるのではなくて、今生きている人たちに何ができるかを考えることですから。

 

北大路

そのうちみんな死ぬんだから、慌てることない。宇宙から見れば100年も10年も一緒で変わりはないよ。

 

成宮

それは、すごく救いですよね! 誰もが等しく死ぬって思えれば。

 

 

北大路

僕の一つの役目は、「ある程度ルーズでもいいんじゃない」ってメッセージを出すことかな。マスクも、どうしてもしなければいけない場面だけつければいいと思う。電車に乗っているときだって、喋らなきゃいいんだから。黙ってるなら、マスクをしてもしなくても一緒だと思う。最近身内の納骨があったんだけど、お坊さんがマスクしたままお経を唱えていた。マスクのままでホントにご利益あるのかしら(笑)。

 

僕ら表現者は、自分のルールで生きるのが矜持というかさ、道徳的なことばかりしてもしょうがないじゃん。わざと悪ノリしたり、勧めたりするわけじゃないけど、ゆるさがあってもいいんじゃない、ってことだけうまく伝えられればいいね。

 

成宮

私も緊急事態宣言のときに鬱になりましたけど、歌舞伎町にいると途端にメンタルが落ち着くんです(笑)。私が落ち込んでいようが元気だろうが、ホストトラックはめちゃくちゃキラキラした曲を流して道路を走っていて、もう落ち込んでる場合じゃないやって(笑)。

 

でも、難しいですよね。車椅子に乗ってる障がい者の方が、喫煙をしていると、「障がい者は煙草なんか吸うな、つつましくしろ」って文句を言うタイプの人っているじゃないですか。それと同じだと思うんですけど、「作品をつくる人は繊細でいろ」「鬱の人は怒ったりするな」みたいなイメージを持たれていると感じることがあります。こっちは気に入らなかったらちゃんと怒るのに、それで想像と違うって言われても……。

 

北大路

こないだ、障がい者を集めた討論会みたいなテレビ番組に出たんだ。出演者の視覚障がい者の人が、「かわいそうって心配されて、べたべたされるのが一番嫌」って言ってて。本人は普通に暮らしていても、障がい者っていうフィルターを通して見られちゃうんだよね。つまり、みんなおせっかいなんだ、親切とおせっかいを取り違えている。

 

成宮

正義感の押し付けですよね。自分が正義じゃないと気が済まない人たちも、裏ではきっと約束とかいっぱい破ってるのに。