5月17日、土曜日。 今にも崩れそうな空のなか、私は活字中毒者の友人Sを引き連れて、ある古本市を目指すべく葉山に上陸した。
「海辺の本市」という名の通り、一色海岸の近くにある会場の古本市の目玉は「絶対に売れない本」コーナーだ。なんでも参加店舗が用意した「売れない本」が、ブースに一堂に並ぶという企画である。
古本市で「売れない本」とはどういうことか。 あまりにも難解な本が陳列されているのか、あるいはトンデモ本と言われるような珍本が集結しているのだろうか。
ちょっと見てみたいし、なにより「絶対に売れない本」を一冊は買って読んでみたい。そんな意図を持って、私は取材に訪れたのであった。
「葉山」という立地のイメージに合わせて、ご当地関連本や海、アート関係の書籍などがちらほら。
魅力的な本を横目に話を聞いていくと、この古本市に出展している17店舗のうち、実際に古書店を経営されているブースは一店舗のみで、そのほかのお店は普段はインターネット販売をしていたり、このような古本市にだけ出店していたりする方がメインということが分かった。
IN-KYO BOOKS
「今日初めて出店しました」と言うのはIN-KYO BOOKS(インキョーブックス)の店主の方。
しけこ「『絶対に売れない本』の企画に何か出品されました?」
IN-KYO BOOKS「はい。小田空さんの『中国の骨は一本少ない』 (創美社) と芝崎みゆきさんの『古代エジプトうんちく図鑑』(バジリコ)、『古代ギリシアがんちく図鑑』(バジリコ)を出しました」
しけこ「何故その3冊を選ばれたんですか?」
IN-KYO BOOKS「どれも面白くて、気に入っていて買ってほしくないから!」
売れない本というと、「在庫一掃セール」的なものを思い浮かべていた筆者としては、「なに、そういう出品者もいるのか……」と正直、驚きの展開である。
「え。そうすると、値段を高くつけている…?」とおずおず尋ねると、「はい、それぞれ2万円です!」という返答が。
なんということだ。確かに買えない。買ったら私は葉山から家に帰れなくなる。 もしかしたら、私はこの企画を甘く見ているのかもしれない――そのような不安が一瞬私の心をよぎったのだった。
hacer
次にお話を聞いたのは絵本・写真集・アートブックを取り扱うhacer(アセール)さんのブース。
数ある絵本のなかでも一際目についたのがこの「夜の木」というインドの絵本。 なんと一枚一枚手刷りで、重版がかかるたびに表紙を変えるという凝ったつくりの手製本なのだ。 古本ではないけれども町の書店ではなかなかお目にかかれない、美しい絵本である。
hacerさんの選んだ「絶対に売れない本」はなにか聞いてみると、「うちはZINEも取り扱っているんですよ。ZINEも奥が深くて、有名なアーティストのZINEなどは海外ではコレクターも多いんです」と語り始める。
確かに本よりもZINEの方が発行部数や入手先が限定される分、レア感があるだろう。 値段を聞くのが怖い。が、聞く。
しけこ「値段はいくらですか?」
hacer「4万円にしました。ほんとはもっとプレミアがついているんですけれどね」
買えない。持ってない、4万円。話を聞くたびに購入難易度がぐんぐん上がっていく。
books moblo
この企画、大丈夫かという不安を抱えながら向かったのは海辺の本市唯一、実店舗を経営しているbooks moblo(ブックス モブロ)さん。ヤング谷川俊太郎のインタビューが載っている号の雑誌「ポエム」や佐伯俊男氏の画集がおすすめとのことで、拝見する。
詩の巨匠とエロティックイラストの巨匠の夢のタッグを堪能しつつ、books mobloの店主が選ぶ売れない本をリサーチ。
books moblo「『なおみ』谷川俊太郎著・沢渡朔写真(日本傑作絵本シリーズ)と『エスペンの白クマ探検記』トール・ラッセン著、太田 芽 翻訳(教育社)などを選びました。いい本だと思うんですが、売れなくて。本当になぜ売れないのだろうという感じなのです……」
しけこ「お値段はいくらなんですか?」
books moblo「千円ぐらいかな」
よかった。売れない本企画の中に、買える値段の商品がある! と私の心は浮き立った。 が、しかし、当初の「売れない本のなかで面白そうな本を一冊買う」という野望が、「内容はさておき、お財布事情的に許される本を選んで買う」にシフトしていることに気付く。
……これは欺瞞か? と思いつつも、ヤング谷川との邂逅もあったことだし、買うなら「なおみ」を買おうかな。これも縁ではなかろうか。