その女と結婚するなら、縁を切ります ~健常者と障がい者の恋~

こうして将来を誓った二人だったが、解決しなければいけない問題があった。春男の両親、と言うより母親の説得だった。

 

「うちは関西の田舎で、名門ではないんですけど古い家で。兼業農家で、米農家と金属加工をしています。僕は長男なので、家を継ぐのが当たり前、と家族は思っていたみたいです。特に母親は世間体を気にする人で、過干渉なタイプでした」

 

就職するときも、知名度のある会社を選ぶように言われた。うんざりして、春男は東京の会社に就職し、母親には事後で報告した。当然、文句は言われたが、決めてしまったものは仕方ないからと、半ば強引に上京してきた経緯があった。

 

「結婚についても、家の土地と墓を守って、両親の介護や畑仕事もしてくれるような、強い奥さんをもらうように言われていました。だから、恋人ができたって言うと、どんな人なのって絶対根掘り葉掘り聞かれる。

 

まして障害があると知ったら、交際自体を止めなさいってなると思って、恋人ができたことを話していなかったんです」

 

不安を抱えたまま、母親に打ち明ける日がやってきた。2013年10月に、春男の母が横浜に来る機会があったのだ。春男が「結婚したい相手がいるから紹介したい」と伝え、3人で会うことになった。

 

横浜駅の喫茶店で、春男は緑と並び、向かいに母親が座った。どんな反応をされるのか……春男は不安だったが、母親の性格を聞いていた緑もまた同様だった。

 

しかし、予想に反して母親は明るい笑顔を見せた。「いつから付き合っているの?」という質問に、2年くらいだと2人が答えると、「まあ、そんなに! 知らなかった」と笑った。「春男はね、小さい頃から出来が良くてね、うちの自慢の息子で……」と、和やかな雰囲気で会話が進んだ。

 

その優しい態度に、緑も覚悟を決めた。夫婦になるなら、家族間で隠し事があってはいけない。思い切って障害のことを打ち明けると、母親は驚いた様子を見せたが、すぐ笑顔に戻った。心配していたような反応ではないことに、二人はほっとした。

 

約30分の顔合わせは、円満な雰囲気のまま終わった。最後に緑と母親は、お互いが持参したお土産を交換した。その後、母親と出かけるという春男と別れ、緑は自宅に戻った。

 

この反応なら、結婚は何とかなるんじゃないかな。そんな期待を抱いた春男だったが、二人になった瞬間、母は「やめといた方がいいんじゃない」と言い放った。緑の人柄どうこうではなく、「障害がある」というただ一点が理由だった。

 

どんなに説得しても、母は聞く耳を持たなかった。先に帰宅していた緑は、「反対された」という春男からのメールを見て号泣したという。

 

「お義母さんにどんな印象を持たれたんだろうって、すごく怖かったんです。家に帰って、彼からのメールを見たときは、すごく落ち込んじゃって。お母さんと一緒に泣きました」

 

これで結婚はなくなってしまう、彼ともお別れなんだ……そう泣き続ける緑さんを励ましつつ、母親は「彼は悪くないから、責めちゃだめよ」と言い聞かせた。緑もそれを受け入れ、破談になることを覚悟したが、杞憂だった。

 

春男から緑に電話がかかってきて、「僕は(結婚を)諦める気はないよ。時間がかかるかもしれないけど、何とかなるんじゃないかな」と、包み込むような口調で言った。

 

 

春男は年に3回ほど実家に帰っていた。母に緑を紹介した後も、結婚を認めてほしい、と帰省するたびに母親に訴えた。

 

しかし、首を縦に振らせることはできなかった。障がい者が身内にいると兄弟の出世に関わる、親戚にも会わせられない、親の介護もできない、そう理由を並べて母親は認めようとしなかった。

 

春男はその一つひとつを、そんなことはないと丁寧に否定し、説明していった。身内に障がい者がいても、今どき就職に影響することなんかない。偏見で見る親戚もいない。介護だったら、ヘルパーにお願いすればいい。しかし母親は納得せず、結局は堂々巡りだった。

 

ちなみに、父親や兄弟たちは、我関せずといった様子。「賛成なのか反対なのかも分からない。仲が悪いわけではないのですが、昔からあまりしゃべらないんです。どう思っているんでしょうね」と春男は振り返る。

 

とにかく、このままではらちが明かない、そう考えた春男と緑は、母親にメールを送ることにした。内容は、「どれだけ反対されても入籍します」というものだった。その晩から、冒頭で紹介したようなメールと手紙が、怒涛の勢いで届くようになった。

 

「あるとき、彼の家に行ったら」緑は話す。

 

「ドアポストから手紙があふれていたんです。中には速達で送られたものもあって。彼は全然読んでなかったみたいです。母親からかかってきた電話も無視してたみたいで、そうしたら私の実家に手紙が届くようになって」

 

もちろん、義母は緑の実家の住所を知っているわけがない。春男が教えたのかと思って問い詰めても、身に覚えがないという。真相はわからないが、探偵に依頼したのではと、春男と緑、緑の両親は結論付けた。

 

手紙は立て続けに届いた。緑を中傷するものが大半で、ポストに封筒が入っているたびに、緑は恐怖を覚えるようになった。緑の母は激怒し、電話をかけて抗議すると言ったが、父親が止めた。

 

ここで揉めても春男君がかわいそうだし、冷静になって対処しようと。一方で、まったく違うトーンの手紙もあったと緑は言う。

 

「私に宛てた手紙だったんですけど、『息子は暴力をふるう癖があって、私もぶたれたことがある。あなたが心配だから結婚は止めた方がいいですよ、って書いてあって。『えー、そんな風に思えない!』って混乱しちゃいました。

 

ほかにも、『息子はお見合いで結婚する予定です』とか、いろいろな内容があって。わざと書き分けていたのかなと」

 

その後も、緑の実家へ手紙は届き続けた。春男はさすがに母へ電話し、彼女へは送らないでくれと抗議すると、「あれはお父さんが勝手に送ったのよ」とかわされた。

 

確かに父名義の手紙もあったが、どう考えても母が送ったとしか思えなかった。

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