その女と結婚するなら、縁を切ります ~健常者と障がい者の恋~

 

「最初は寝たきりだったんです。リハビリも兼ねて3つの病院を転々として、1年間入院しました。このまま仕事も結婚も何もできない。一生実家にいて両親に世話されるのだろうな、と思っていました」

 

リハビリの成果もあり、日常生活を送れるまでに回復はしたが、不全四肢麻痺が残り、支えがないと満足に歩けない状態だった。命があってよかった、と両親は喜んだが、緑を待っていたのは絶望感だった。

 

事故後の姿を人に見られるのが嫌で、家に閉じこもるようになった。親しい一部の友人には会ったが、腫れ物に触るような接し方をされた。ますますふさぎこみ、家にこもる生活が続いた。

 

少しずつ気持ちが上向いたのは、友人に誘われライブに行ったのがきっかけだった。ゆらゆら帝国などのサイケデリック・ロックが好きで、これまでもよくライブを観に行っていた緑。

 

せっかくなのでと、事故後、初めてライブハウスに行った。以前のように立って鑑賞はできず、椅子に座って観た。だがそれが、「怪我をする前にしていたことを、怪我をした後もできた」という成功体験になり、自信になった。まだまだ人生を楽しめるかもしれない、事故に遭ってから初めてそう思えた。

 

 

春男と知り合ったのは、2010年の秋だった。共通の友人の紹介で、メル友からスタートした。二人とも出会いを探していたわけではなかったが、お互いフリーだったため、「紹介しようか?」という友人の申し出を断る理由はなかった。

 

趣味のことや、その日にあった出来事など、他愛のないやり取りを続け、クリスマス前に初めて会うことになった。

 

緑が障害を持っていることは、友人づてで春男に伝わっていた。けれど彼は、別段気に留めなかったという。

 

「会社に障害を持った方がいるんですよ。仕事のサポートをしたり、帰りに送っていったりしていたので、慣れているというか。別に障害があっても大丈夫でしょ、としか思わなかったですね」

 

一方で緑は、気が気でなかったと。これまではメールだけのやり取りである。実際に会って傷を見せ、引かれたらどうしよう……そんな不安が募っていった。

 

実際、義手を付けずに外出すると、見ず知らずの方に右手を凝視されたり、驚かれたりすることがあった。

 

けれど、そういった反応こそ普通なのかもしれない。もし彼が離れてしまっても仕方ない、と自分に言い聞かせた。

 

だがやはり不安が拭えず、メールで「会ったらきっとびっくりするよ」と予防線を張った。傷つくのが怖かった。

 

 

二人が会ったのは、緑が暮らす横浜だった。お昼頃、待ち合わせ場所の横浜駅西口まで、緑は姉に付き添われて向かった。右手には義手をはめ、その上に手袋を付けた。待ち合わせ場所に、春男はすでに来ていた。

 

緑をよろしくお願いしますね、と言って姉が帰り、二人はファミレスに入った。ジュースを飲んでお喋りするという、高校生のようなデートだった。メールの延長線のような、他愛もない会話をした後、緑は言った。

 

「聞いてると思うんだけど、私、事故に遭って、障害があるの」

「うん、詳しくは聞いてないけど、そうみたいだね」

「見て……見る?」

 

春男はうなずく。緑は思い切って手袋と義手を取り、傷の断面を見せた。春男は驚いたように「おー」と声を上げたが、すぐ笑顔に戻った。「大変だね」と春男は優しく言って、緑も笑顔でうなずいた。

 

結局、二人は午後3時過ぎには解散した。暗くなる前に帰宅しないと、緑の家族が心配するからだった。

 

歩行が不自由な緑を春男はエスコートして、家の近くまで送った。見た目の通り、優しい人だなと緑は思った。別れた後、このまま連絡がなくなったらどうしよう、という微かな不安はあったが、数時間後に春男からいつも通りのメールが届いて安堵した。

 

それから二人は、毎週のように横浜で会い、昼の数時間だけのデートを重ねていった。

 

 

一時、連絡を取らなくなった時期もあったが、2011年3月に東日本大震災が発生し、春男が「大丈夫?」とメールしたことで再び交流が始まった。4月には一緒に花見に行き、5月に交際することになった。緑は感慨深げに当時を振り返る。

 

「ケガをした後は、周囲から可愛そうという風に見られてばかりでした。でも、障がい者になっても恋愛ができるんだ、良かったなと思いましたね」

 

二人は順調に交際を続けていった。春男は当時住んでいた福生から、2時間半かけて、毎週のように横浜まで通った。あるとき、緑は自宅に呼んで両親に紹介した。

 

両親もすぐに彼のことを気に入ったようだった。この人と結婚出来たらいいな、緑はそう思うようになっていた。

 

そんな気持ちを知ってか知らずか、2013年6月、春男は緑にプロポーズをした。桜木町のレストランで、春男の誕生日を祝った後だった。観覧車に乗ろう、と唐突に春男が言った。だが行列ができていて、どれくらい待つのか分からない。

 

春男の終電の時間も迫っている。帰れなくなるよ、と緑は言ったが、なぜか春男は譲らなかった。ようやく乗れた観覧車の中で、夜景と星に見守られながら、緑に指輪とプロポーズの言葉が差し出された。

 

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